杏林大学 医学部 救急医学教室 主任教授
杏林大学 医学部付属病院 高度救命救急センター長
第5回日本放射線事故・災害医学会の主催にあたりご挨拶申し上げます。
このたび、前身である「放射線事故医療研究会」から通算すると20年目の節目に、昨年4月に八王子より移転したばかりの新校舎「杏林大学 井の頭キャンパス」を会場として学会を開催させていただくこととなりました。
今回「シンギュラリティの幻想」を学会テーマとして掲げさせていただきましたが、シンギュラリティ(Singularity:技術的特異点)とは、未来において科学技術が人類の知性を凌駕する時が来て、人類が直面するすべての問題をいとも簡単に解決してくれるという概念です。
この概念は、キリスト教終末論から影響を受けていると言われており、キリスト教における携挙(the rapture for nerds)との類似性を指摘する評論家や神学者も多くいます。
携挙とは、世界の終焉にイエスが再臨し、信仰者を天国へと導き、罪人を後に残していくという思想であり、つまり、いずれも、我々の生きている間に、何らかの超越者が地上に降臨し、全ての現世的問題からの解放をもたらすという信条なのです。
福島第一原発の廃炉作業に、永遠とも思えるほどの時間と莫大な費用がかかるという現実に直面したとき、我々の中に、こうした全能のテクノロジーが降臨してくれることを期待する信条が芽生えてはいなかったでしょうか。そしてそれは、現時点において解決することが極めて困難な諸問題から眼を背けさせ、事故の再発の蓋然性を思考の彼方に追いやる現実逃避の役割を担いながら、個人と社会の根底にしっかりと定着してしまってはいないでしょうか。
福島第一原発事故から6年を経た今日、我々はなお命にかかわる多くの大切な問題に直面しています。我々はこれらの現実世界の問題に正面から立ち向かい、一つ一つ解決策を発見することに努めるべきなのであって、シンギュラリティのようなファンタジーに浸っていてはなりません。本学会では、このような無責任な幻想を排し、人の命の重みの実感と科学の眼差をもつ者が「責任ある対応とは何か」を追求するための議論の場にしたいと考えております。
学会員・非会員を問わず、真剣に議論に加わってくださる多くの方々の参加を心より願っております。